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メモリー






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 並木の切れ間からわき道へ逸れた。藪の中のような道だ。舗装が悪い。細い道なので徐行している。古びた蛍光灯に、羽虫が集まっているのが見える。
 進んでゆくとすぐに舗装が良くなり、開けたところへ出た。似たような造りの一軒家が立ち並んでいる。いわゆる新興住宅地というやつだろう。このあたりには、飲食店はおろか、コンビニエンス・ストアさえも見当たらない。
 さらに細い路地へと這入り込んだところで、車が止まった。
「到着いたしました。」
 合成音声が執事のようにかしこまって告げる。ここで降りろと言うのか。やはりプログラムのバグか。本体のプログラムには手を付けたくないが、音声認識装置のインターフェイスだけで対策できないだろうか…そんなことを考えながら、ふと、到着した目の前の、家の表札が目に止まった。「今嶋」、とある。もしや、と思った。
 ディスプレイの時計に目をやる。時刻は夜七時をまわったところだ。私の憶測を確かめたい。人違いだったとしても、まだそれほど失礼にはあたらない時刻だろう。そう思って私は車から降りると、思い切ってその家の呼び鈴のボタンを押した。ふた呼吸ほどの間を置いて、 「はい…」と、スピーカーから女性の声が応えた。
「夜分失礼いたします。T社の佐藤という者ですが…。」
 ドアが半開きに開いて、婦人の顔が覗いた。後ろで髪を束ねて、暗いので年齢は判然としないが三十代の前半という印象だ。
「主人の仕事の関係の方ですか?」
「ええ、おそらくそうです。」
「おそらく?」
 婦人は訝しそうな様子だが、かまわず続けた。
「あなたのご主人は、U社にお勤めではありませんでしたか?」
「…ええ、そうですが。主人は、もう四年も前に亡くなっております。」
 やはりそうだ。ここは、人工知能の開発者である、今嶋氏の自宅だったのだ。

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7.7.2008 - A work of fiction written by Sato.