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メモリー






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 夕暮れの街を走り抜ける。行き先も知らぬまま、静かに揺れる運転席に身を委ねる。
 私は考えていた。「一番の餃子」――なんと曖昧で、主観的な要求だろう。平たく言えば、一番うまい餃子を聞いているわけだ。それも味覚を持たない人工知能に対して! せめて一番うまいガソリンを聞くべきだったかな、なんて冗談めいたことを考えたりしていたが、空腹のせいか、私の思考は次第に餃子そのものへと移っていった。
 一番うまい餃子って何だろう。人間を相手にしたって、中々に難しい質問だ。餃子といえば、宇都宮の正嗣は焼き餃子も水餃子も絶品だ。少し前に流行った鉄鍋餃子も、あの歯ごたえは忘れ難い。仙台にあったバラというラーメン屋のバナナ餃子は、バナナが入っているわけではないが旨くて、大きくて食べ応えがあった。とんねるずの木梨憲武は新宿の王将が一番うまいと言っていた。餃子の消費量の多さでは、静岡を忘れてはいけない。博多には一口餃子があるが、福岡まで連れてゆくのは勘弁してほしい。

 車はETCのゲートをくぐり、チューブのような高速道路をひた走っている。気がつけばすっかり日は落ち、ナトリウムランプの灯りがアスファルトを橙色に染めている。秦野中井インターチェンジで高速道路から降りた後は、うら寂しいハイウェイが続いた。
 ずいぶんと辺鄙なところだが、隠れた名店ってやつがあるのだろうか。遠くに明かりが見えて、いよいよかと思えばパチンコ屋だ。そうこうするうちに明かりは街灯しかなくなり、宇宙空間を孤独に飛び続ける宇宙船に乗っているような、不安な気持ちになる。もし、人工知能に欠陥が残っているとしたら…。「暴走」の二文字が脳裏に浮かぶ。ガソリンの残量に目をやりつつ、マニュアル運転への切り替えかたを思い出そうとする。

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7.7.2008 - A work of fiction written by Sato.