第24話

 魂の抜けた人の体から血液が一滴々々流れ落ちる。それは砂地を赤黒く変色させ、凝固させていく。時折、若干強めの風が吹いて弱い砂嵐を巻き起こすが、その部分は砂を巻き起こすことなく、まるで時が止まっているかのようであった。
 ロムド中佐の靴が砂地を踏みしめて死体に歩み寄る。彼の表情は、まるで汚物を見ているようであった。
「こいつらはつい先ほどまで生きていた人間だ。名前は忘れたが、どこそこの村の女が我々軍隊に逆らったというので、見せしめのために村を襲撃した。何人かは捕らえてここで拷問を受けてもらった。それも、襲撃の時に死んでいればよかった、と思えるほどのな」
 死体の顔は苦悶に悶えている。それが拷問の残酷さを雄弁に物語っている。楽な死に方はさせてもらえなかったのであろう。その場にいる子供達が、死体が見せる悲惨なまでの姿と表情に、たまらず嘔吐した。ダリも胃の中がむせ返るような感覚を覚えている。朝食の時間に口にした食物が胃の中で暴れまわっている、あたかもそれらが、まるで意思を持っているかのように、それでいてダリの胃壁を痛めつけているような、その感覚に耐え切れなくなり、ダリは体の中にあるもの全てを吐き出すように、砂地に激しく嘔吐物を撒き散らした。
中佐のその光景を見て笑いながら言った。「だらしのないガキどもだ。さっきも言ったように、あれは的だ。射撃訓練のな。この程度で吐いているようじゃ、訓練が終わった後の的を見たら、きっと失神しちまうぞ。じゃあさっきのように並ぶんだ」
 子供達がおぼつかない足取りで丸太を的にした時と同じような列を作っていく。先ほどまで生きていた人間を殺して的にする、その行いは決して許されるものではない、許してはいけないことである。しかし、ここでは大人が法律であり、絶対なのである。彼らが「白」と言えば、どんな色をしていても、それは「白」になってしまう。ここはアフリカ大陸の一つの国であることに加えて、その国の中にあるさらに小さな国家なのである。許可なく施設を取り囲んでいる国境の外へ足を踏み出すことは不可能であり、その先に待つのはただ一つの運命のみである。
「さあて―」と、中佐は視線を「的」から訓練兵へと移し「撃て」
 先頭にいる子供達は銃を構えるが、撃つ気配がない。AKを持つ手が震えている。
「撃て」
 それでも子供達は引き金を引こうとしない。
「仕方がない」と、中佐が静かに声を発し、腰のホルスターに手をかけようとした。
その時、子供の一人が引き金を引いた。反動で狙いが定まらず、何発かの銃弾は明後日の方向に放たれていく。それでも全く命中しないわけでもなかった。命中した部分から肉片と血液が飛び散った。銃声に触発されたのか、他の子供達も引き金を引く。銃弾が命中した衝撃で、先ほどよりも血を激しく流しながら死体が揺れる。もう心臓が動いてない、意識もない、魂もない、死体の表情も全く変化がない、変化がないはずなのだが、その表情は先ほどよりも苦痛に顔を歪めているように見て取れた。
 先頭の子供が銃弾を撃ちつくしたのを確認した中佐は、後ろと交代するように指示をだした。ダリの順番が刻一刻と迫ってくる。日差しが非常に熱く感じる、ダリはそのような状況の中で冷や汗を流している。自分の目の前に並んでいる子供達が銃を撃ち、その銃弾で死体が変形、破壊されていく。その度に血の気が失われていく。まるで、死体と自分の体とが同調しているような感覚に陥っている。死体が撃たれては自分も撃たれている、やがて目の前の風景があやふやになっていき、そして自分が今どこで何をしているのかさえ、わからなくなった。
「おい、そこの小僧! お前の番だ、何をしている!」
 我を取り戻したのは中佐の怒号である。目の前にあるのは、原型を留めていないという言葉では表現しきれない状態になった死体である。腕はもげ、太腿からは大腿骨が見え、腹部から小腸が外に飛び出している。それを見たダリは、その場で再び嘔吐する。それを見た中佐が、背中を丸めてうずくまっているダリの腹部に足を蹴りいれた。それが引き金となってより激しく嘔吐する。胃液まで吐きつくしたような表情で、ダリは地面に落ちた自分の銃を手に取る。右手でグリップを握り、左で支えて銃口を死体に向ける。が、吐いたせいで気分が悪くなっており、照準が定まらない。それとも、これはダリのこの訓練に対する小さな抵抗なのだろうか。
「おい。他の奴らは撃ったんだ。お前もやれ」
 ダリは震えているだけで引き金を引こうとしない。
「……そうか、わかった」
 中佐は腰のホルスターから拳銃、ガバメントを取り出し、ダリに銃口を向けた。