第34話

 ベッドに横たわるスミス、点滴に繋がれ胸部には包帯が巻かれている。その姿になったスミスが少しずつ重いまぶたを開け始めた。少しでも体を動かすと痛みが走る。
「気がついたか?」
 不意に声のした方を見た。そこにはメイソン長官とロベルトの姿があった。
「大丈夫ですか、少尉」
 ロベルトの心配そうな顔が見える。スミスはもう一度ベッドに横たわる。
「ゆっくりと休め。相当の傷を負ったんだからしばらくは安静にしてなきゃいかんぞ」
 メイソン長官もスミスを心配している。彼は大きなため息をついた。
「……アルバートは?」
 スミスは返事の内容はもう既に知っている。だが嘘であってほしいと信じていた。
 だが現実はそんなに甘いものではなかった。
「残念だが……、アルバートは死んだよ。ドラグノフの銃弾を首に受け、出血多量で……。しかもちょうど喉に近い部分だ。悲鳴をあげることすら……」
「長官!」
 メイソン長官の発言にすかさずロベルトが割ってはいった。メイソン長官はすまないという表情でロベルトとスミスの方を見た。だがスミスは上の空だ。病室の窓の外を見ている。その視線は雲一つない空をさしていた。その目は若干潤んでいるかのようにも見える。
「少尉」
 ロベルトがポケットの中から何かを取り出した。銀色のプレートに赤い染みがついている。
「アルバートのドックタグです。血で汚れてしまっていますが……。少尉、これを受け取ってくれないでしょうか?」
「何?」
「少尉に受け取ってもらえれば彼も嬉しいと思います。彼は軍人には向いてはいなかった。彼の人柄はたとえ敵であっても、どんな状況でも、それが人を殺しても罪にはならない状況でも他人の命を奪えません。車の中で彼と少尉の会話を聞いていて思いました。消防士になりたかったというアルバートの夢、そのほうがアルバートには向いていたのでしょう。彼もスミス少尉と話せて嬉しかったと思います。人を殺してしまった彼が、今度は奪うのではなく救い、そして与える道を差すげてくれた事……」
 ロベルトは深いお辞儀をしてから敬礼をして、病室を去っていった。部屋の中ではメイソン長官も窓際に立って空を眺めている。外の風景は紅葉しかかっている葉がある並木道だ。地上は赤、空は青という正反対の色彩がなんとも美しい世界を生み出している。
 スミスはベッドの上で銀色のプレートを握り締める。
「長官、前にも言ったとおり、私は軍を除隊したいと思います」
「……君の意志は、相当に固いようだな」
「長官、一つお聞きしたい事があります。CUSで長官は何としてもダニエル=ゴードンを私に殺して欲しいような事をおっしゃいました。一体何故ですか?」
「それが君の任務だからと私は言ったはずだぞ」
「そう、確かに私の任務は奴を狙撃し暗殺することでした。しかし長官の口調からは何か私情のようなものがあるのを感じずにはいられませんでした」
「……」
 メイソン長官は外を見ながらため息を吐いてから言った。
「……レイス=アンダーソン」
「えっ……」
「この名前に聞き覚えがあるだろう?」
「覚えがあるも何も、それは私の父親の名前です」
「レイスは……、軍での同期だったんだ」
 これには驚かずにはいられなかった。こんなに身近に父親の知人がいるとは思いもよらなかった。しかも部下や上官というわけでもなく、同期入隊とは予想だにしなかった。そもそもスミスはFBI捜査官だった父親がかつて軍隊に所属していたとは知らなかったのだ。
「ちょうど同じようなシチュエーションの任務があってな。私は狙撃手、あいつは突撃部隊で市街地の制圧作戦だった。あいつにとって初めての実戦だった。そしてあいつは敵を撃ち殺すと恐怖に打ちのめされたんだそうだ。人を殺すと自分にその衝撃が跳ね返ってくる。私もそうだ。初めての狙撃任務はお前の初めての狙撃任務と同じようになっていたよ。そしてそれからはお前と同じように人を殺すという事に慣れてしまったんだ。とても恐ろしい事だ。何も感じずに引き金を引く。それだけで人間の命は終わってしまうからな。その後、あいつは除隊しFBIに入った。そして結婚してお前が生まれた。何とも幸せそうな家庭だった。なのに……、あんな事に……!」
 明らかに泣き声になっている。スミスに涙は見せないようにしているが、それでも誰が聞いてもメイソン長官が泣いているとわかるだろう。スミスはアルバートのドッグタグを見ながら言った。
「人の命は……、鉛なんかと一緒にしてはいけない」
「……」
「アルバートが私に教えてくれた言葉です。この言葉のおかげで私は救われました。罪にならないとはいえ、殺人は殺人なんです。ようやくその鎖から解放されます」
「すまなかったな少尉、この任務は私の私情も絡んでいた。DDCに殺された友人の仇を討ってほしかったんだ」
「いえ、気持ちはわかりますので」
 メイソン長官は涙を拭き、笑顔をスミスに見せた。それを見たスミスも笑った。
「では私もこれで退室するよ。お大事にな」
「長官、いえ、教官」
 スミスはメイソン長官に向かって敬礼をした。まだ自分が訓練生で、メイソン長官が教官だった頃と同じように。
「今までお世話になりました! スミス=アンダーソン、本日も持ちまして除隊いたします!」
 メイソン長官も同じように敬礼をして言った。
「ご苦労だった! スミス=アンダーソンの除隊を認める!」

 病室にいる二人を、太陽が染めていった。外からは風の吹く音が静かに聞こえてくる。