第27話

 子供二人の足が、砂地の上を駆けていく。それを追撃するかのように銃弾が砂地に命中し、小さくも恐ろしい砂埃の柱を生み出していく。けたたましいサイレンの音が、絶海の孤島を包み込み、目がくらむほどの光を放つライトが、孤島と金色の海を照らしていく。
 兵士達がAKの引き金を引きながら、脱走した子供二人を追いかけていく。それから逃げる二人は、息が途切れ途切れになりながらも、自分達の未来のために必死で脚を動かしている。今日一日の訓練の疲れがとれているはずもなく、二人の体は自分達の意思とは裏腹に言うことを聞いていない。それでも、限界に近づいている体に鞭を打ち、境界線であるフェンスに向かって走っていく。しかし、前からも見張っていた兵士達が、子供達を捕らえるべく銃を放ってきた。その銃弾はすぐ足元に命中し、それに怯んだ子供が尻餅をついてしまった。
「カミラ! 早く立って!」
 レセがカミラの手を引っ張り立ち上がらせようとする。銃弾がすぐ近くに命中し、不気味な音をたてる。それが二人をさらに焦らせる。
 体中が痛んでいる。動かない足を無理矢理に動かし、酸素を口と鼻から必死に吸い込んで肺に送り、二人は無我夢中で走る。そのうちに、先ほどとは違う金網のフェンスが確認できるようになった。フェンスには有刺鉄線が巻きつけられており、その状態でよじ登ろうものなら、その後の結果は誰が言わなくても明白である。カミラがそれを目にすると、流石に躊躇するような表情が浮かべた。だがレセはそんな様子は全く見せずにフェンスに掴みかかった。指と指の間から、血液がポタポタと流れ落ちてくる。それを見たカミラもレセと同じようにフェンスに手を伸ばす。鉄の小さな針が、子供の肉体を傷つけていく。鉄線には生々しい血痕が付着する。手で掴んでは針が肉を刺し、脚を動かすときに引っかいては肉を浅くえぐる。銃弾がすぐ近くに命中し、火花を飛び散らす。時にそれが体にあたる。二人の顔には痛みによって苦悶している表情が見て取れる。砂地を濡らしているのは、何も流れ出ている血液だけではなかった。その様子を、見張り塔の上で兵士が観察している。丸い視界の中に、Tの字のレティクル、左下に距離を計測するためのメモリがついている。そしてそれは、ドラグノフ狙撃銃の銃身の上部に装着されている。スコープの中に、必死にフェンスを昇るレセが映りこんでいる。
 レセがフェンスを昇りきろうとしたその時、AKとは違った銃声が轟いた。カミラの顔に大量の血しぶきが降りかかる。それはフェンスをも真っ赤に染めた。少し上にレセが力を無くしたように砂地に落ちた。レセの周りはすぐに血の海と化していった。カミラの手が震える。そんなカミラにまだ意識を失っていないレセが赤い手を差し出す。銃弾は腹部に命中し、内臓がむき出しになっている。そしてそのすぐ後、今度はレセの頭部の外と中が飛び散った。その光景を目の当たりにしたカミラも砂地に落ちていった。武装した兵士が彼を取り囲んだ。カミラは腰を抜かして失禁してしまう。この瞬間、彼の未来は閉ざされた。
 部屋にいたダリは抜け出した二人の事を考えていた。そうしているうちに、鳴り続けていたサイレンの音が止んだ。代わりに聞こえてきたのは、大声で泣き叫ぶ子供の声であった。ごめんなさい、許してください、もうしません、必死に泣き叫ぶ子供の声。それを聞くのは父親でもなく、母親でもなく、ましてや兄弟でもない。人間の姿をした悪魔である。壁の向こう側で扉の開く音が聞こえ、閉まる音がした。それと同時に子供の泣き声も小さくなった。しかし約一分後、再び泣き叫ぶ声が聞こえた。先ほどとは違う、苦痛に満ちた叫び声が。