第25話

「撃て。三度目はないぞ」
 ダリのコメカミに銃口を突きつけたロムド中佐が低い声で言った。その場を沈黙が支配した。ダリの額から汗が吹き出て、鼻を伝って砂地に落ちる。
「ロムド中佐」
 不意に先ほどまで並んでいた列から声が聞こえた。声の主は、
「ドンゴ=カーリッヒか。どうした?」
「その足手まといを一度後ろにさげて、僕に射撃訓練をやらせてください」
「……いいだろう。おい、ドンゴ=カーリッヒに感謝しろ。お前の順番を後回しにする。だが、その時に銃を撃てなかったら、その時は死んでもらう」
 緊張の糸が切れたダリは、その場に座り込んでしまった。銃を構え、日差しの中に立っていただけであったのだが、激しい運動をした疲労感のようなものを感じていた。ロムド中佐は、座り込んでいるダリを蹴飛ばし、そこからどくように命じた。立ち上がって列の後ろに移動すると、それと入れ替わりにドンゴが前に歩いてきた。射撃位置についたドンゴが銃を構えて安全装置を解除し、「的」に向けて発砲した。その初弾は胴体部に命中し、胸、首、顔面、最後に頭部を破壊した。これまでとは比較しようのない状態になってしまった。それを見てもドンゴは顔色一つ変えない。とてもダリ達とさほど年が違わない少年とは思えなかった。銃の扱いになれており、死体とはいえ人に向かって撃つ事ができる。それも全く躊躇せずに。
「素晴しい」と、ロムド中佐が拍手をしながら「お前には輝く未来が待っているだろう。私の期待を裏切らないでくれよ?」
「ありがとうございます」
 完全にロムド中佐のお気に入りと化してしまったドンゴは、列の後ろに戻る途中で、ダリに冷ややかな視線を送った。それに気づいたダリはドンゴの方に顔を向けた。しばらくの間、お互いがお互いの顔をにらみ合った。一方は軽蔑するような眼差しで、もう一方は恐れを抱いているような眼差しで、まるでその空間に二人だけしか存在しないような錯覚に陥る。
「さて、そこのお前。次が最後のチャンスだ。前に来い」
 脚の震えを堪えて、ダリは立ち上がる。一歩脚を動かすたびに、靴底の溝が砂粒を噛んでいく。列の前にまで来ると、ダリは銃を構える。今こそ撃たなければ、あの死体の仲間入りを果たしてしまうことになる。それだけは避けたかった。ダリは目を強く瞑り、引き金を引いた。発砲音と同時に何かが弾けるような音が聞こえる。その「何か」は言うまでもなかった。フルオート射撃で全弾を撃ちつくした銃からは、空しい音が聞こえてくる。
 とうとうやってしまった。心の中が空っぽになってしまったような感覚をダリは覚えた。自分の目にも何一つ映らない。今度は自分だけが、何もない別の空間に飛ばされたような、何も見えない、何も聞こえない、何の感覚もない、何もわからない。またダリを吐き気が襲った。だがもう胃の中には何も残っていないのか、よだれが地面に吐き出される。

 黄昏時に本日の訓練が終了した。あれからも銃を持ちながらの移動訓練を主とし、今まで行ってきた肉体訓練をやらされた。ダリは気分が悪くなった状態のままで訓練を行ったため、足取りがおぼつかなくなってしまっている。そんなフラフラしたまま他の子供達と一緒に部屋に戻ろうとしている時であった。
「―のせいなんだろ?」
「ああ。お前の言うとおり、あの村の出身のガキが訓練生の中にいるみたいなんだ」
 通りかかった部屋から会話をしている声が聞こえてきた。
「じゃあ、その訓練生の母親が軍に逆らったから、あの村を襲撃したわけか」
「どうもそうみたいなんだ。馬鹿な女だよな」
「全くだ。どころで、あの村の名前はなんだっけか?確か、サ……」
「なんだよ、お前覚えてないのか?」
「どうでもいい事は忘れる主義なんでな。でないとオツムの容量が足りないんでよ」
「それだからいつまでたっても昇格できないんだよ。それにな、ロムド中佐もお前も間違っているよ。あれは村じゃなくて立派な町だよ。町」
「いいから早く言えよ。サ……、サ……」
「サハルだよ。サハル」