第21話

 ダリはうつむいたまま沈黙した。するとカミラがため息をついた。
「そっか……、わかったよ。ボクとダリはもうともだちじゃないね」
 その言葉にダリは明らかに動揺した様子でカミラの方を向いた。
「なんでそうなるの! ボクだってお母さんやいろんな人にあいたいよ! だけど死んじゃったらあえなくなっちゃうでしょ!」
 ダリが思わず声を荒げる。その声に眠りについていた子供達も目を覚まし始めた。それを見たダリは手で口を覆い隠した。するとレセが冷静な口調で言った。
「ともだちならいっしょに行こうよ。ちがうなら別にいいけど」
 流石にダリも泣きそうな表情を見せる。
「どうしてそんなこと言うの……?」
 ダリの言葉にレセは沈黙した。そしてゆっくりと口を開いた。
「ボクのお母さんはボクが逃げなかったからころされた」
 レセがダリとカミラに自分の過去について語り始めた。過去、自分のいた町の銀行に強盗が現れた。強盗の手には散弾銃が握られていた。レセと彼の母親は運の悪い事にその事件に巻き込まれた。銀行の中にいた強盗以外の人間全員が人質となった。レセと母親は出入り口の近くにいた。すると一人の男が一瞬の隙をついて強盗を取り押さえた。レセの母親は彼に逃げるように促した。だがレセは恐怖のあまり我を失ってしまっていて立ち上がれなくなっていた。その時、強盗が男を突き飛ばし、彼に向けて散弾銃を発砲した。店内に恐怖に満ちた悲鳴と乾いた発砲音が響き渡った。その音でレセは我に返りなんとか逃げようとした。それに気づいた強盗がレセに向けて銃口を向けた。レセの母親が我が子の前に勢いをつけて跳んだ。そして銃口が再び火を噴いた。彼女の母親に散弾が命中し、致命傷となった。愛する母親の腹部から血が流れ出ていく。その時、やっと到着した警察が店内に侵入、強盗に向けて拳銃を発砲した。その弾丸は強盗の額に命中し、後頭部が破裂した。強盗が仰向けに倒れ、動かなくなったのを確認すると、人質が一斉に店外に逃走を始めた。緊張の糸が切れて腰を抜かすもの、泣き叫ぶもの、助かったのを喜ぶ者、そして、愛する人を失った悲しみに暮れる者……。
「だからボクはにげるよ。にげたらたすかるんだもん」
 過去を話し終えたカミラが言った。あの時、どうしてすぐに逃げなかったのか。逃げていれば母親も助かっていたかもしれない。逃げなかったから母親は死んだ。この思いが今のレセを作り上げ、そして束縛している。しかし、今回は逃亡を図っても助からないかもしれない。いや、ここはむしろ逃亡を図ったら殺される世界だ。それをカミラとレセにわからせなければいけない。
「こんどはむりだよ! こんどはにげたらころされちゃうよ! ねえ、おねがいだからここにいようよ。そうしてないとあぶないよ!」
 ダリが懇願するがレセは耳を貸す気配がない。それどころかどうしてダリが逃げるなと言うのかが理解できずにいた。そして、レセは言った。
「さっきボクはいったよね? ともだちならにげようって。ダリはボクたちのともだち? それともともだちじゃない?」
 AかBか、どちらかを選べ。このような質問に対して、中途半端にならないようなCの答えを生み出す事をダリはまだできない。Cを生み出す事自体ができなかった。ダリはカミラの事を友達だと思っている。レセとも話すようになったのは先ほどからだが友達だと思っている。それなら一緒に逃げなければならない。だが逃げれば未来はない。ダリは言った。
「ともだち、じゃない……」
 その言葉を聞いたカミラは信頼を裏切られたような表情をした。それに対してレセは予想通りという表情を浮かべている。二人はダリの前から離れていった。ダリは泣きそうな表情のまま、再び目を閉じて眠りについた。