腕立て伏せからは腹筋、背筋、スクワットなどの、基礎的な筋力をつける訓練が行われた。それは地面に直に迷彩服で包まれた体を密着させるものも存在していた。日の光で熱せられた砂地には慣れているとはいえ、それはあくまで足に限定される話である。その上、訓練が始まってからただの一滴さえ水分を補給させてもらっていない。発汗量も次第に減少してきている。
子供達が五十メートルの全力疾走のメニューをこなしたところで、笛の音が子供達の鼓膜を刺激した。
「よし、そこまで。これより昼食の休憩時間に入る。食堂に移動しろ」
ダリはここで初めて現在のおおまかな時間を知ることができた。するとAKの突撃銃を持った兵士が子供達の前に来て、自分についてくるように言った。やっと休憩できる。全員が激しい空腹と乾き、疲労を感じている。その全てをわずかかもしれないが、ようやく回復することができる。子供達は喜んだ。だがそれは心の中だけで表には出さなかった。そこまでの余裕がないのもあったのだが、出した瞬間に何をされるかわからないのが目に見えているからである。
暗く汚れた廊下を兵士の後ろからついていき、食堂と書かれた札が掲げられている部屋の扉の前に来た。兵士はその扉を開けると、子供達に中へ入るように頭を振った。若干広めの部屋である。ここには窓があり、そこからは光がまるでカーテンのような帯状になって部屋の中に差し込んできている。この施設にはふさわしくない美しさだが、ダリにとってそれは、自分の心を多少ではあるが癒してくれる贈り物であった。食堂の端には調理場らしき場所もある。子供達は錆びている鉄製のテーブルの前にいき、パイプイスに腰掛ける。そのイスも、金属は錆び、腰を掛ける部分はボロボロになっており、中の黄色いクッションが飛び出している。イスに座った後も、誰一人として言葉を発する者はいない。
しばらくすると、兵士が食事を運んできた。その食事を取りに来るように子供達に言った。一斉に列を作り、自分の順番が来るのを待つ。ダリの番になり、おぼんを渡され食べ物と飲み物をそれに乗せていく。ライ麦の食パンが一枚と鶏肉の照り焼き、それに加えてサラダ、飲み物は牛乳とココアである。内容は決して充実していないわけではなかったが、いかんせん量が少なかった。席についた子供から食べ物を口の中に入れていく。ダリも席につき、パンをちぎって口に運び、鶏肉にかじりつく。この施設で食べていなければ、ダリにとっては嬉しい内容の食事なのだが、場所が場所なだけにおいしくは感じられなかった。恐らく、この場所ではどんなに高価な材料を使って作られた料理でもおいしくは感じられないであろう。しかし、それでも食事をとらなければ、人間に限らず生物は生きていく事ができない。
食事を終えた子供達は、束の間の休息をとる。パイプイスに身を預けて目を閉じて寝息をたてる子供もいれば、呆然として前を向いている子供もいる。ダリは窓の外を見ている。こんなにも綺麗な青空と光がある世界で、こんな事に巻き込まれている。どうしてこのような状況に巻き込まれたのか今でもわからない。彼は外を見続けながら、右手にある青い紐を左で握り締めた。それを作った人と、それを作った人と自分が住んでいた町の事を思い出しながら。