第16話

 天から降り注ぐ光が、荒野に揺らめく透明な炎を生み出して風景を歪めている。その日差しの中、訓練施設の外周を子供達が走りこみをしている。靴が砂の一粒々々を噛んでいる感触が足まで伝わってくる。施設の周りは一周約八〇〇メートル。大人でも長めに感じる距離である。その外周を五回走り終えたところだ。
「よし、止まれ! 整列!」
 ロムド大佐の怒号で子供達が並んでいく。迷彩服は既に汗で湿っていた。陽炎が発生するのほど暑さである。その中で走っていれば、すぐに体の体温調節の機能が働く。その上、走らされていたのは、いずれも元気溢れる−この状況下では溢れていた、という表現のほうが正しいであろう−子供達である。
 ダリの前に並んでいる子供が靴を脱ぎ始めた。それの中には砂が入って不快感を覚えたのだとダリはすぐにわかった。子供が砂を捨てていると、爆音と共に彼の足元の砂が柱を立てた。
「そこのガキ! ここが戦場の真っ只中だったらどうするつもりだ! そんな事をしていたらすぐにあの世行きだぞ! 今度勝手な真似をしてみろ、次に吹き飛ぶのは砂じゃなくてお前の脳みそだ! 他のガキもわかったな? 戦場では些細な事であっという間に死んでしまう! お前達もその年で死にたくはあるまい! ならしっかりと訓練することだ! いいな?」
 ロムド大佐が演説にも似た口調で喋り終えると、子供達は口をそろえて「はい」と叫んだ。その声色は死への恐怖で満ちている。それだけでなく、確実に大人たちの「洗脳」にも似た行為の効果が現れ始めていた。今はまだ本当の自分を見失っていないのかもしれないが、この状況が続いているうちに、洗脳された自分が本当の自分に成り代わってしまうのも、そう遠い未来ではないのかもしれない。この場所はあらゆる意味で、人間を殺してしまう。
「次は腕立て伏せだ。私が笛を吹いたら開始、もう一度吹いたら終了だ。それまではどんなに苦しくても続けること。いいな」
 子供達が返事をする間もなく、笛の音が響き渡った。即座に腕と脚を伸ばし、その腕を曲げては伸ばし、また曲げては伸ばしていく。子供達の体力では、一分間に二十回のペースが限界であった。既に腕は疲労で震えだし、地面にへばりつく者もでてきた。その度にロムド大佐が暴力を振るい、強制的に訓練を続けさせていく。だがその時、一人の子供がとうとう堪えきれずに泣き出してしまった。その子供の下に大佐が近寄っていき、子供のわき腹を蹴り飛ばす。
「泣けば許してもらえるとでも思っているのか? 続けろ」
 先ほどとは打って変わって無表情で子供に言葉を投げかけるが、子供は涙を流すだけで大佐の言葉に耳を傾けようとはしていない。もうやりたくない、家に帰りたい、そう泣き叫ぶ子供。大人を除いた今その場にいる者全員の本心を彼が涙ながらに代弁している。それが自分にとって最悪の結果になることを忘れてしまっているのだろうか。
「……わかったよ。小父さんが悪かった。こっちにおいで」
 彼は大佐の言葉を聞くと、ベソをかきながらついていった。大佐は少年に手を差し伸べ、少年も大きな手に小さな手を重ねていく。二人は施設に向かって歩き出した。
「小父さんだって、本当はこんな事したくないんだよ?」
 ダリは大佐のその言葉を聞いた。それを聞いた手を繋いでいる少年も泣き顔で大佐の方を向いている。大佐が施設への扉を開けて、少年に入るように手を使って促した。その少年が施設に入ると、大佐はその少年の頭を、後ろから銃で撃ちぬいた。火薬の破裂音に身をすくませる。しかしそれだけが身をすくませた理由ではない。